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【書評】文明は幸福をもたらしたのか?「サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福」

「読書の醍醐味の1つは、自分の先入観や固定観念、常識を覆され、視野が拡がり、新しい目で物事を眺められるようになる事」

「訳者あとがき」からの引用です。

サピエンス全史は上下巻ともに、この醍醐味を体験できる良著です。一般人にも分かりやすく、それでいて目新しく独特な着目点で綴られた本著は、万人にオススメ出来るものだと強く思います。

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上巻では、取るに足らない存在だったサピエンスが、認知革命により地球の支配者となり、農業革命により爆発的に人口を増やし、そしてそれらが統一していく過程について書かれていました。

下巻では、サピエンスが築き上げた2つの大きな虚構である宗教と信用のお話、そして第三の革命である「科学革命」がもたらしたもの、そしてこれからもたらすであろうものについて書かれています。

1つ1つの章に読み応えがあり、それぞれについてコメントしていきたい所ですが、この場では特に印象に残っている、下記2つの内容について言及するに留めておきます。

・将来への信用という近代経済のマジック

・科学は幸福をもたらしたか?

将来への信用という近代経済のマジック

上巻にあったように、サピエンスの強みは虚構を信じ、空想を共有できることです。これを発展させた物が「信用」です。現代の資本主義を動かすものです。

銀行が企業にお金を貸し付けるとき、我々が株式投資を行うとき、出資側は「投資先が将来的にはこの投資額を上回るリターンをもたらしてくれるだろう」と考えます。これこそが信用です。将来に対する信用があるからこそ、資金に乏しい者でも資本金を得てビジネスを始める事が出来ます。そして、ビジネスが成功した場合は出資元も投資先も資産を増やす事が出来、全体としての経済も大きくなります。

この信用の力を最大限に発揮出来るようになった要因を、僕は「株式会社」の発明によるものだと考えていました。リスクを細かく分けた有限の責任を多数に分散する事で、信用のハードルを下げ資金を集める事が出来る。それにより投資が活発になったのだろう、という考えです。

しかし本著では「経済のパイは拡大するものだ」という神話を皆が信じられるようになったことこそ、信用の本当の力を引き出せるようになった要因としています。以前の時代では、経済のパイは総量が決まっており、ビジネスはそれを奪い合うものだという考えが主流だったとしています。だからこそ帝国は周りの国々に侵略して富を奪い、反映してきたと。

なるほど、確かに今の世界では市場は奪い合うだけでなく、しばしば新規に開拓され、皆で育て上げていくこともあります。全体として経済は成長する、という考えがあるからこそ、今の世の中は殺伐としておらず、そして繁栄しているのかもしれません。

文明は幸福をもたらしたか?

本著のキモとなる問いかけです。

文明は幸福をもたらしたのか?少なくとも、僕は文明の恩恵を経て充実した生活を送っており、幸福を享受していると言えます。だけどその視点は狭いものです。サピエンス全史を読み解いていくと、時間の軸・生物種の軸という2つの視点で、文明と幸福の関係を考えさせられます。

時間の軸で幸福を考える

時間の軸で考えてみます。現代、発展した科学や医療は、多くの人を飢饉から遠ざけ、新生児の死亡率を激減させ、行き過ぎた武力による均衡により大規模な戦争は起こらなくなりました。しかしそこに至るまでの過程はどうだったのでしょう?

サピエンスが世界各地に散り、そこから統一に向かう過程を考えてみると、必ずしも平和なものではありませんでした。農業革命により食料を農業に依存するようになったために栄養源は偏り、飢饉におびえるようになりました。多数の部族が帝国に統一されていく過程は、侵略される側の多くの犠牲と、彼らの文明の消滅が繰り返されました。そういった過去の出来事を現代まで足し合わせひっくるめてみると、文明は幸福をもたらしたのかどうか、断言する事は難しいです。我々もまた、文明発展の途上に生きているわけですしね。

生物種の軸で幸福を考える

人類視点だと、それでも幸福なのかもしれません。なんといっても我々サピエンスは地球で最も繁栄している生物です。では、他の生物はサピエンスの文明によりどのような運命を辿ったのでしょうか。

サピエンスは多くの種族を滅ぼしてきました。現代でこそ絶滅危惧種の保護が叫ばれていますが、それこそ太古の時代では多くの大型生物を狩り、絶滅に追いやってきました。この中には、サピエンスの兄弟たるネアンデルタール人などの人類種も含まれています。彼らにとって、サピエンスが文明を築き発展していく様は悪夢そのものだったでしょう。

また現代、家畜とされている動物はどうでしょう?安全と安定を引き換えに、自由を奪われて一定の年月を経て食用に処理される動物達は幸福でしょうか。人間の求める性能のみを満たすよう「品種改良」され、人間無しで生きられなくなった動物はどうでしょう。想像すると、恐らく皆さんは僕と同じ考えを持つのではないでしょうか。「(家畜達は)幸福ではないだろう」と。

言われれば想像出来ます、ですが普段から僕はそんなことを考える事はありませんでした。そこには一片の悪意はありません、無関心によるものなのです。本著では、無関心だからこそ残虐さへ通じると警鐘を鳴らしています。かつてアメリカ南部で盛んだった奴隷業も、黒人への無関心ゆえに行われていたと指摘しています。

自分が幸福だからといって、他への関心を無くしてしまうと、知らず知らずのうちに他へ不幸を押し付けてしまう事になりかねません。そうすると、生物ないし人類の幸福を総数で考えるとどうなるでしょうか。

本著は回答を示すような書籍ではありません。考えるキッカケや視点を与えてくれるのです。

科学の進展は我々サピエンスを滅ぼすのか

本著の最終章は科学の進展がもたらす未来について考察されています。そこでは、サピエンスという種が終わりを迎えるのでは?という視点が与えられます。

我々は進歩した兵器により滅亡するわけではありません。ある2つの理由により、近年では大掛かりな戦争が起こらないと、著者は述べています。

では我々はなぜ滅びるのか。ある分野が今後順調に伸びていき、そう厚くも無いだろう「倫理」の壁が取り払われたその時、我々の世界は新しいステージに移る、のかもしれません。

この、未来に対する考察も大変面白いものです。普段、普通に生活しているだけでは到達し得ない発想でした。こういった「目から鱗」な出会いがあるから、読書は面白いですね。

こんな記事も書いています。

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前の記事ですね。

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自分の生き方について考えさせられる本です。

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日本からイノベーションが起きないなと感じたら。