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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

投資家と転売ヤーは何が違うの?

転売ヤーという人達がいる。

主に品薄になることが予想されるライブチケットやゲーム機等々を買い占めて高値で売り抜ける人たちだ。需要と供給から価格が決定されるという市場の原理を利用する彼らはなんの付加価値も産まない、無駄を擬人化したような存在だが…市場の原理で利益を得ている人たちは他にもいる。市場の名は株式市場、そこで活躍しているのは投資家達だ。彼らもまた安値で買った銘柄を高く売り抜けることで利益を得ている。彼らもまた害悪なのだろうか?

投資家には価値がある

結論から言うと、彼らには存在に値する価値がある。転売ヤーと投資家を分かつ要素は何だろうか?

リスクを負っているか否か?

→一応転売ヤーも商品を仕入れているのでリスクはあるだろう

一般の方々に迷惑をかけるか否か?

→投資家も時々砂上の楼閣を築いて多大な迷惑をかけることもあるだろう

発売元にお金が入るか否か?

→株式取引をしても発行元の会社にお金が入るものでは無い

だがそれでも投資家には価値があると、僕は強く主張する。彼らは価値を生み出している。何に対してかと言うと、市場そのものに対してだ。

転売するものの本質的な違い

投資家は市場に対して価値を付加している。これを説明するには、転売ヤーと投資家が扱っている物に対して考えることが必要だろう。

転売ヤーは使用されて価値あるものを扱う

転売ヤーが扱っているもの、それは概して使用することに価値があるものだ。ライブチケットやゲーム機は、小売店から売られて利益になった、良かった良かったで済むものではない。ライブチケットなら、実際に使われてライブに来た人たちがグッズや飲食でお金を落とすところまで含めたビジネスとなっている。チケットだけ売れてもそれが使用されず想定通りの人が集まらなければ、収益が成り立たないはずだ。ゲーム機も、プラットフォームを盛り上げるためのインターフェースだ。たくさんの人が遊んで、そのプラットフォームが盛り上がって、ソフトメーカーが参入してプラットフォームの魅力が上がり、そしてそれにより人が増え……というスパイラルによって成り立つ商売だ。加えてこれらには賞味期限もある。使用されなければ真価を発揮しないものを買い占めるだけ買い占めて保有する、賞味期限をチラつかせて値段を釣り上げる…だから転売ヤーは害悪なんだ。

投資家は保有することに意味があるものを扱う

投資家も、もちろん保有する。株式を。

株式が発行される目的は資金調達だ。その意味では、一度売り出してしまえば発行元の会社にとって株式での目的は達成されることになる。*1

ただし資金調達はタダでなされる訳では無い。株式は権利を形にしたものだ、決め事の議決権を与えてくれるし配当金も貰える。その権利を売って、対価としてお金を得るわけだ。

そんな株式は、それを保有しているだけで権利が与えられる。保有することで効果を発揮するというわけだ。長期で持っている投資家も、値幅で稼ぐトレーダーも、その意味ではみなが株式の真価を発揮していると言える。

流動性が市場に価値を生み出す

株式が保有するだけで価値を発揮しているのは分かった。けど株式の価値を発揮させるのは誰でもいい。値幅を稼ぐトレーダーは欲しい人の代わりに買っている害悪じゃないのか?

やはりそうではない。 投資家は害悪ではない。株式には賞味期限は無く価格も日々上下する。気に入らないならまた明日に回せばいい。それが市場だ。そしてそれを成り立たせているのは、正しく投資家のおかげだ。

買いたい投資家がいて売りたい投資家がいる。取引が成り立つ。価格が決まる。それぞれがそれぞれの思惑で動くので価格は上下する。これらは流動性のなせる技だ。いつでも売れる。いつでも買える。それが流動性だ。これがあるからこそ人は金融商品を安心して取引出来るし、企業も株式を発行できる。そして調達した資金で、会社は更なる価値を生み出す。株式市場はまったく、偉大だよ。

 

思うところを色々書いてきたが、転売ヤーは本当にロクでもない。販売元は正確な需要が読めなくなるし対策に工数はかかるしで、ビジネスのリスクが増すだけだ。本当にしょうもない。いろんな取り組みにもかかわらず彼らを駆逐しきれてはいないが、いつか平和に欲しいものが欲しい人の手に届く世になって欲しい。

*1:これでめでたしめでたしになる事を上場ゴールという。投資家は死ぬ