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【書評】「生涯投資家」村上ファンドが目指したものとは?

投資をしていない人、村上ファンドに悪い印象を持っている人にこそ、一読して欲しい本です。

当時珍しかった「モノ言う株主」であった村上ファンドの村上世彰氏が、ニッポン放送株のインサイダー取引で逮捕されてから10年以上の月日が流れました。

本著「生涯投資家」は、そんな村上氏が投資によって実現したかった日本の姿について述べてあります。その姿とは「お金が循環する社会」であり、それを実現する方法が「コーポレート・ガバナンス」です。後者は特に、この本を読むうえで重要なワードです。

冒頭のインサイダー取引について語ってありますが、この本を通して村上氏が語りたかったことは、あの事件に対する反論ではないと感じましたので、そこには触れないことにします。

村上氏といえば上場企業の株式を取得して、経営者に経営の改革を迫る…という物言う株主として一世を風靡しました。過剰な内部留保を抱えている企業に対し、配当や自社株買いによる株主還元策を提言している印象がありますね。

本著では官僚時代でのオリックス宮内社長との出会いから、東京スタイル、西武・阪神鉄道、そしてニッポン放送・フジテレビなど、村上氏が噛んだ案件についての回想が綴られています。

一貫して主張しているのは「コーポレート・ガバナンス」の重要性です。

日本企業は無駄に内部留保を抱え込み社会の富の循環を妨げている。感情、感覚的で非合理な経営により会社の価値が損なわれている。そうした日本の現状を打ち壊すべく、村上氏は自ら「投資家」として株式を取得し、その権利により日本の会社に改革を迫ります。

例えば敵対的買収の対策としての株式持ち合いの解消だったり、過剰な内部留保を自社株買いや配当による株主還元による資産比のビジネス効率向上です。

株主は経営者を監視すべきだ、会社は株主のことも考慮すべきだとうい村上氏の主張は今では一定の理解が得られる事でしょう。上場しているからには誰でも株式の取得は出来るし、資産効率を上げるためには過剰な資産を減らしてレバレッジを聞かせた経営を目指す必要があります。しかし村上氏が活躍した当時では、これらはまだ日本では浸透していないことであり、村上氏の真直ぐな性格や物言いもあって敵を増やしてしまう結果となってしまったのでしょう。本著から受ける村上氏のイメージは合理的で鋭い米国的なエリートの姿ですが、大抵の日本人というのは合理に徹する事が出来ず、人間くささがあるものです。そのような環境でうまく立ち回れなかったというべきか、登場が早過ぎたというべきか。

当時こてんぱんに叩かれ、ちょいと前にあった黒田電機との対立を考えると村上氏にはまだまだ世間的に悪いイメージがあると言えます。ただ本著を読む限り、村上氏の主張には正当性がありますし、村上氏自身の考えも行動も一貫しています。コーポレートガバナンスにより市場をあるべき姿へ導き、富を循環させることで日本に活気を取り戻させる、というものです。メディアというフィルターを通す事で、この重要な信念が世間一般に届かなかったと考えると、悲しいですね。

本著の最後に、村上氏が自己の主張をまとめるに至った事由がかかれています。この場で詳細語る事は避けますが…僕自身、人の親として心に刺さるものがありました。

サラリーマンの視点で見ると村上氏の主張は全面的に賛成出来るものではありません。レバレッジを効かせた経営をしていると不景気時には人を切る事で対応する必要が出てくるかと思いますが、人材流動性の低い日本でそれをやられると、困った事になります。コーポレート・ガバナンス単体で整えていくのではなく、労働者の在り方、特に人材の流動性についても米国ライクにしていかなければならないでしょう。

それでも村上氏の主張は資本主義の世の中では正論です。なのに叩かれている、嫌われている。それは主張が伝わってないからでしょう。だからこそ冒頭に述べたように、投資をしていない人、村上ファンドに悪い印象を持っている人にこそ、一読して欲しい本なのです。

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