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ネット発展期に育った僕は今の子供にネットの怖さを伝えられるのか

上記の記事は子供がYoutuberとして活動して金銭・心理的な報酬を受け取ることで何らか悪い影響があるのでは、と危惧する内容のものです。Youtuberが起こす昨今の事件を考えると、その危惧は僕にも理解できます。本文にもあるように成人ですらその報酬のために良心やマナーを麻痺させてしまい、過激な物言い・行為で破滅への道を突っ走っているケースが散見されますからね。

Youtuberに見られる承認欲求の罠以外にも、ネットには危険が転がっています。ネットは善意も悪意も存在します、それも世の中よりも純度の高い形で。そんな世界を生きる上での知識や立ち居振る舞いを子供に伝えていくのは大人、特に親の責任でしょう。

その教育スタンスは人それぞれだと思います。ある程度成熟するまでネットから遠ざけておくのも一つの手ですし、幼いうちから少しずつネットに慣れさせていくのも手です。僕は後者寄りの方針を支持しています。いきなり飛び込むには、ネットの海は魅力的過ぎ、そこに存在する危険は大きすぎるからです。ネットには際限なくコンテンツが存在し飽きることはありません、その海から上がるには個人の精神的成熟だけでなく慣れが必要でしょう。

しかし…少しずつ慣れさせる、抽象的な言葉です。具体的にどうやって少しずつ馴れさせるのか、その手段が僕にはまだ分かりません。なぜなら僕はネットの発展とともに成長してきた世代だからです。自分語り入ります。

僕がまともにPCを触り始めたのは2000年前後です。Windows98とかMeのマシンとケーブル回線でインターネットの海に乗り出していました。その頃のネットはまだ発展途上で文章以外で自己を表現することも難しい時代でした。回線とマシンの貧弱さから画像すら表示に時間がかかるし、そもそもデジカメも大して普及してなかったので動画・静止画をデジタルに落とし込む手段もメジャーでは無かったです。また、今のように拡散性の高いSNSサービスも無く、そもそもネット人口も今に比べれば少ないものでした。

何が言いたいかと言うと、今に比べて現実に影響を与えられるほどネットに力が有りませんでした。もちろん悪意も存在してましたが、ちょっとした間違いの代償はブラクラだったり、悪くてもお金で済む問題ばかりだったんじゃないでしょうか。そんな環境に加え当時ネットの海は「未知のもの」という印象もあり、何事にも慎重になったものです。

それから時が流れマシンや回線の能力も上がっていき、Youtubeやニコ動のように個人が気軽に配信できるサービスも増え、Twitterのような拡散性の高いメディアも産まれました。今にして思うと著しい進化ですが、それらは少しずつ、1つずつ僕の元に来た改善であり、それ故に僕は緩やかにネットに慣れて来れたのではないかと思います。

そんな僕が、初めから全てある今の子供にどうやってネットの怖さを伝えることが出来るのでしょうか。携帯端末ですら発信するだけの能力を持つ今の世の中で、僕はどうムスコを教育していけばいいのか……。周りの子供たちとの兼ね合いを考えていくと、ネットから遠ざけるのも少しずつ慣れさせるのも至難の業のように感じます。

1980年代の生まれは既にデジタルネイティブ世代と呼ばれるそうですが、デジタルはデジタルでもその環境は現在とは大きく違います。大人の世界へ容易かつ相互にアクセスできる今の環境で、どのように教育していけばいいか…それはまだ十分な先例もデータもなく、手探りでやっていくしかないのかもしれません。子供は勝手に育つとは言いますが、心配事は絶えないもんです。