WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

全てのものは終わることで完成する

最近マンガを読む機会が減った。かつての僕は週間雑誌を立ち読みし、単行本を買い、4桁に届くくらいの漫画を持っていた。それらの中には素晴らしい最後を迎えたものがあれば、終わるべきところで終われず蛇足のような話を続けた挙句に無念の最後をとげたものもある…が、大半は現在進行形だった。読まなくなったそれらのマンガは、今はもう最後を迎えているんだろうか。

 

 

「人間は死んで完成する」マンガ【天】にて自分の生涯を自分で閉じることを決めた、赤木しげるの言葉だ。人生は山あり谷ありで、その最中では生涯について評価することは出来ない。若い頃に栄華を極めても寂しい晩年を送った人もいれば、老境に入り輝いた人もいる。人の生を持ち出すのは些か話が大きいかもしれないが、マンガや小説、映画などは最後まできっちり締めてこそ完成であり、長期連載でダラダラ続いたり、続きが出なかったり、ビジネスのために複数部に分けたりするのは個人的に大嫌いだ。僕の好きなマンガに【ジョジョの奇妙な冒険】シリーズがある。今もなお続いているマンガではあるがジョジョは各部各部をキッチリと締めて、世代を変えて次の部へと移っていく。ジョジョの魅力はもちろんこれだけではないが、終えるべきところできちんと終わるからこそ、それぞれの部は独立した面白さを持っており後腐れのようなものが感じられない。ビジネスとして成り立たせながら作品としても綺麗にまとめられるというのは、尋常なことではない。荒木先生は偉大だ。
 
きっちり物事を終わらせるというのは難しい。人が何かを作るとき、100%満足する質など達成することはできない。だからこそ人は学び、次はそれを上回るものを作ろうとする。その自分の中で満足し切れないものに時間やお金の制約と折り合いをつけ、作り終える…完成させる。完成させたものは評価される、そしてそれは二度と覆ることはない。マイナスの評価を受けたならば、「俺だって何とかしたかった」という悔しさが残る。ライフワークなら時も金も自由に使えばいいけど、ビジネスはそうはいかない。だからビジネスで何かを創作するというのは、それこそ生みの苦しみを味わうことになる。だからこそ、僕は出来の良し悪しに関わらず、作品を終わらせられた人には賞賛を送りたい。何かを作り、世に送り出すというのは大変な仕事だ。そして冨樫は早くハンタを完結させてくれ。
 
僕は機構設計者、僕の仕事にとっての終わりというのはなんだろう?量産を立ち上げた時…違う。商品が売れた時…違う。レビューされた時…違う。僕にとって、開発者にとっての仕事の終わりとは製品が壊れ、もしくは使われなくなり、廃棄される時だ。モノが十分にその仕事を務め、そして廃棄されるその時に、「これは買って良かったな、お世話になったな」とお客さんに思ってもらえれば、そこでようやく開発者の仕事は完成する。マンガが終わらないと愚痴っている僕だ、これがブーメランにならないよう、僕もキチンと終わりまで考えた仕事をしていきたいものだ。