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機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

極限まで攻めた小型化に価値はない

前職でタブレットやらノートPCやらの設計をやっていた頃、シーズン事に新機種の開発が行われており、その度に自社前機種、及び世に出ている競合他機種よりも小型に仕上げる事が至上とされていました。

1年に満たない期間で比強度の高い革新的な材料が出てくるわけもなく、内蔵の電子部品のサイズも頻繁に小さくなってくれるわけでもありません。

そのような環境で、どうやって小型化を行うのか?

答えは【攻める】です。

部品の公差を狭く管理させる事で、部品間の隙間を攻める。

シミュレーションと実験試作により、落下や圧迫、薬品の腐食で壊れないギリギリまで部品の肉厚を攻める。

こうした慎ましい努力を重ねて得られる寸法は、それでも0.1mmのオーダーです。努力の割に合わない、何ともちっぽけな値です。

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0.1mmで失われる信頼性

0.1mmの違いは人間が簡単に気付けるようなものではありません。それどころか、ちょっとした部品の出来ですぐに消えてしまうような値です。

それでも、設計的にこの儚い数値はボディーブローのように効いてきます。

まず第一に、剛性…分かりやすく言うなら強度です。厚みの変化は3乗で強度に効いてきます。

10mm厚みの物を1%薄くして9.9mmとすると、その強度は3%程落ちます。これを後2回繰り返し、9.7mmになると、強度はオリジナルのものと比べて1割近く減る計算となります。これをなんとかするのが設計の知恵だというお話もあるでしょうが、スペースが無ければ設計として出来ることは無く、材料本来の強さに頼るしかありません。そして前述したように、材料の進歩は短期間では成りません。

第二に、放熱への影響です。

電子機器は熱を持ちます。高集積かつ高回転数を誇る昨今のモバイル機器において、熱は最も対処に困る問題の1つです。

特にファンによる強制空冷を備えない機器が放熱するには「出来るだけ均等に熱を散らして」「機器全体の表面から放熱させる」しか、今の技術では対応できません。

熱を散らすにはグラファイトシートなど熱伝導率が極めて高い放熱シートが用いられます。0.1mm厚みくらいの放熱シートが、です。

機器全体の表面から放熱させるには、機器の表面積がそのまま効いてきます。全体のサイズが小さくなればそれだけ表面積が減り、放熱効率は悪くなるのです。

たかが0.1mm、されど0.1mm。設計としては意外と0.1mm程度の数値も貴重なものです。慎重に検証し、攻める事で削られる0.1mm。それは設計が機器に持たせている安全率、ひいては信頼性を削っている物だと、僕は思います。

0.1mmで得られる商品性

繰り返しになりますが、0.1mmの違いを認識できるような人はそう多くないでしょう。実際に、0.1mmを攻める事で携帯性や操作性、それらひっくるめて利便性の向上に繋がる事は無いでしょう。

なのに何故、無理をしてまで小型化を目指していくのか。

世界一という称号が、営業文句として一定の価値を持っているからです。これは買い手の意見ではなく売り手側の、営業や企画側の意見であります。

僕自身はいまもこの意見に納得はいっていません。カタログスペックでは確かに勝っているのでしょうが、実際に物を触れてみると0.1mm程度の違いなど何の差別化要素になっていないのです。

そんなわけで極限まで攻めた小型化から得られる商品性は虚像であり、現物的な商品性に影響はないかと、僕は思います。そこを頑張るくらいなら、小さく「見える」ようなデザインを作る方に力を注ぐべきでしょう。

理想的なハードウェア

「日本はハード信仰が強くソフトは軽視されている」

とは良く聞くフレーズです。しかし実際にハードを作っている自分からすると、ハードをメインに電子機器の魅力を作ることはとっくに不可能だと思っています。自分だけでなく、僕の観測範囲にいる設計屋も同じ考えの人が多いです。

ハードウェアは練りに練った1品を使い倒すのが理想だと、僕は考えています。

ここで言う【練りに練った】とは単純な小型化を目指すのではなく、複数年通用するデザインで、十分な信頼性を備え、安定した品質で作り出せるよう設計をされたものを指します。

十分な信頼性と安定した品質は設計として無理をしない事はもちろん、製造にも配慮された設計が必要でしょう。製造を安定化させるには、人の手を離れ機械による組立が最終目標になるかと思います。

昨今は工場の自動化が熱いです。センシングの発達と人工知能関連の技術進歩が効いてきてるんでしょう。キヤノンが完全自動化を目指す、みたいなニュースもありましたね。ただ現状見えているロボットの実力からすると、人間同様の柔軟性を期待にするのは難しく、人間が機械側に寄る…ロボット組立に合わせた設計が必要になるのかな、なんて考えています。

これらの設計は小型化を阻害はするでしょうが、引き換えに歩留まりの向上と組立費用の削減に繋がり、最終的に製品価格に反映される事でしょう。過度な小型化は商品性に影響しませんが、価格の削減は効果があると思いませんか?

メカ設計は必要なのか?

無理せず、頻繁な新規開発も行わない。それが理想的なハードウェア…そんな事を考えていると、自分たち設計者の存在は必要なのか?という問いに辿り着きます。

僕らメカ設計は「商品性とは何か?」を突き詰めていくと、既に存在意義が無くなりかけているのかもしれません。

悲しいことです。連休明けの前日に、こんな事を考えるべきでは無かった。お仕事のモチベーションはダダ下がりです。いっそ今日も有給にしてやって、あと3連休を過ごしてやろうかな…なんて考える、仕事始めの前夜。

こんな記事も書いています。

temcee.hatenablog.com

実際にモノづくりって、そんな進歩してないと思うんですよね。

temcee.hatenablog.com

設計が必要とされない日が来るのかもしれませんが、開発は好きなので出来るだけ長く携わりたいものです。