WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

僕は父になった

嫁さんが血圧と尿タンパクで引っかかったのは妊娠37週までもう少しといった時期だった。数日様子を見て再検査となり、夫婦共々、限界まで減塩した食事を続けたが嫁さんの血圧が変わらなかった。嫁さんの入院決定。僕は血圧下げるために減塩生活継続中。

 
嫁さんの症状は妊娠高血圧症、以前は妊娠中毒症とも呼ばれていたようだ。お腹の子供が大きくなるに連れて腎臓への負担が大きくなるため尿タンパクが出たり、子供へ栄養(血液)が行きにくくなることで血圧が高くなっていくとのこと。治療法は早く産むこと。そんなわけで予定日より3週ほど早いものの、母子の安全のため陣痛促進剤で早期出産することが決まった。
 
そして本日がその予定日、前置きが長くなったけど今からリアルタイムで産まれるまでの様子を綴る。これを公開するのは後日になるから実況とは言えないかもしれないけど許してください。オナシャス。

 10:30

病院に到着。貴重品以外の装備は下記の通り。
・円座クッション
・α6000(デジタル一眼)
・HDR-AZ1(アクションカム)
・週刊ダイヤモンド
・テニスボール(セントジェームス)
 
円座クッションは出産後に必要になるらしく、僕のWICから引っ張り出してきた。もともとは僕の腰痛の為のものなので、しばらく僕の腰には大きな負担になりそう。αとアクションカムは記録を残すためのもの。ダイヤモンドは僕の暇つぶし用、出産は日をまたぐこともあるくらい長期戦で、促進剤が効くまでも数時間くらいかかるというので、時間を潰せるものは必要だ。あとはテニスボール、嘘か誠か、陣痛の痛みを逃すのにボールで圧迫するのがいいらしい。ちなみに男ができるのはこの痛み逃しか写真撮ったりするくらい、出産について夫の立会というのは精神的支柱以外の要素は限りなく薄い。
 
12:00
徐々に投与量が増えていく陣痛促進薬。しかし嫁さんは特に変わりのない様子。義母が到着したので軽く挨拶しに外出。嫁さんはLDRに鎮座しておられる、陣痛室と分娩室を1つにまとめた呆れるほど効率的かつお値段がちょっと怖い部屋だ。ここには1人ずつしか立ち会えないため、義母と二人で交代に休憩しながら嫁さんを見ていくことにする。
モニターは赤ちゃん心拍140-160 Toco(子宮口の収縮)20程度で推移。
 
13:00
お腹がすいた、外出。お昼はカツ定食。減塩?気にしてはいけない。ついでにドトールに寄ってカフェインを摂取。みなぎる活力、冴え渡る思考、されど嫁の様子に変化無し。陣痛ひどくなると体力使うから、というので嫁さんは体力温存のため半睡半覚状態。ダイヤモンドの出番。モニターは赤ちゃん心拍140-160 Tocoは時折40程度まで上がる。
 
14:30
財前教授の総回診です。研修医?学生?どちらか不明だけど女性陣の清楚な感じが頭の良さを感じさせる。頑張って勉強してたくさんの命を救って欲しい。嫁さんの陣痛は相変わらず微弱。モニターは赤ちゃん心拍140-160 Tocoはたまに40程度まで上がる
 
15:15
薬の投与量はMAXの120ml/h。徐々に陣痛も増してきた感じで、僕も背中をさすったりテニスボールをゴロゴロしたりしている。嫁さんは絶飲絶食のため空腹で大変そう。モニターは赤ちゃん心拍140-160 Tocoはたまに70程度まで上がる
 
16:00
陣痛が不定期で、弱い。そこに先生がやってきて子宮口の開き具合を確認。僕は部屋の隅、カーテンの向こうで直立不動で待機する。会話が聞こえてくる…「子宮口自体は朝とあまりかわってない」「今日中の出産は無理そうだ」「予定量の投与が終わったら今日は終了」…嫁さんの頑張りむなしく、翌日持越しとなった。
 
17:00
薬の全投与が終了。終盤は陣痛はあるもののTocoの値も20を上回ることが無くなり、この様子で明日も大丈夫なのだろうかと不安になる。もちろん態度には出さない。今日の結果に一番落胆し、また不安を抱えているのは嫁さんである。長らく僕がLDRにいたので義母と交代。部屋を出るとどこからか赤ちゃんの泣き声、いいなぁ。
 
18:00
義母が嫁さんのためにパンやサンドイッチを買ってきた。本日の処置が終わりのため、飲食の許可がでたのだ。しばらく病院食なだったうえ本日は絶飲絶食、喜んで食べる嫁さん。
 
18:30
明日も早いということで今日はここで退散。陣痛は徐々に弱まってきているらしく、薬の効果ってスゲーんだなと。嫁さんの体力からしても、2日目でダメなら帝王切開も選択肢に入るとのこと。諸事情により嫁さんは人より免疫が低い、感染症の恐れがある帝王切開はできれば避けたいが…。どうなるかは明日になるまで分からない。今日は僕も早く帰って寝よう。
 
2日目
 
洗濯と家計簿記載と掃除をこなし、家を出る。本日は義母が先に行くので僕は重役出勤。それにしても二日つづけて有給をとったのは初めてだな。
 
12:00
LDRに行く前に腹ごしらえのためロッテリアに。これが人生で初のロッテリアであり、これでめぼしいハンバーガーチェーンを1通り制覇したことになる。非常にどうでもいい。味は塩気が強い感じで、僕はモスの方が好みだった。
 
12:30
病院に到着、義母と情報共有する。昨日よりも痛みは強そうだけど、まだ有効な陣痛には至っていないとのこと。ひとまず義母と交代してLDRに向かう。嫁の調子は昨日と同じような感じで、痛みにまいっているものの話をする余裕がある。話せる内はまだまだ痛みが足りないそうだ。きつい。Tocoはピークで70程度。
 
13:00
診察をするというので追い出される。どうも人工的に破水させるらしい。怯える嫁さん、ビビる僕。破水をすることでお産が進むケースがあるとのことだ。効果は個人差有り、体質はそれぞれなんだから、人口破水に関して断言が得られないのはしょうがない。しょうがないけど、臆病なこの心は何かにすがりたくて、強い言葉を欲してしまう。「怖いものなど何も無いよ」と助産婦さんが言うが、外科的な処置が入るというのは不安がある。ただ僕は何の知識もない一般ピーポー、この段階になると先生と病院を信じるしかない。
 
13:30
病室外待機継続中。じっとしていると不安だけが増す。それにしても昔の人は今みたいな設備も知識もない中で何人も子供産んでたんだよな。母子の死亡率とかも高かっただろうに、凄いよな。今の時代、この国に対して不満に思う点は多々あるけど、何だかんだで僕らは今の技術とこの国の制度に助けられているところがある。会社からの支援もある。感謝しないとなー。
 
13:40
LDRに戻る。人口破水させてからの嫁さんは痛みが強くなっているようでかなり辛そうだ。腰をさすりながら一緒に深呼吸、ヒッヒッフー…それはまだ早いとの指摘。痛む場所が定期的に変わるらしく、両手で至るところをさすり筋肉痛。
 
14:30
義母と交代して休憩へ。痛みは続くものの子宮口が全然開かない。無理もない、初産で予定日よりも3週以上早い。カフェイン摂取。
 
15:30
LDRに戻ると先生の診察が終わったところだ。子宮口が、やはり開かない。帝王切開が決定。これまでの頑張りは…
落ち込んでいる暇はなく、LDRの退去準備を始める。それと同時に、嫁さんが痛がっている時はさする。僕に出来ることはこれしかない。薬の投与は中断されているがこうかはまだつづいている模様。
 
16:15
オペ室に向かう嫁を見送る。祈ることしか出来ない。二人とも無事にオペ室から出てきてくれ…大学入試以来の神頼み。
 
17:30
帝王切開の時間は1~2時間程度と聞いている。しかし未だ音沙汰無し。時間を潰すための日経ビジネスも内容が全く頭に入らない。足音が聞こえる度に待機室の外に目を向けるが、期待するものではない。
 
17:52
手術着の看護婦さんから突如呼び出しを受ける。
 
出産は終了…しかし呼吸が弱いらしくNICU(新生児特定集中治療室)に行くことに…
 
その前に、少しだけご対面
初めて対面した我が子は、同じ生物なのかと思えるほど小さく、弱々しく、しかし体を動かし声も上げていた。僕はというと首に下げていたα6000の存在も忘れて指を差し出し、握手。確かなぬくもりを感じた。こみ上げてくる涙。すぐにお別れとなったが、またすぐに会えると信じてるよ。
 
嫁さんは無事だろうか。
 
(以後はリアルタイムで書いた内容ではなく、帰宅してからの記載)
 
18:15
嫁さんが戻ってきた。一仕事終えて放心状態なのか、呼びかけても反応は薄い。入院用のベッドに移るということでしばしお別れ。先生から容体に関する説明や退院時期などを聞く。早ければ一週間くらいとのことだけど、お腹切ってそれって早くないですかね。。。感染症の心配があるので、一先ず早く傷口がふさがってくれればいいな。
 
19:00
ベッドに移った嫁さんは落ち着いたようだ。手術中の話だったり、赤ちゃんの話だったり、これまでの思い出だったり…多くのことを話した。思い詰めてたものが切れたのか、僕の目に再び涙。ここ数年はロクに泣いてなかったのもあり、数年分くらい泣いた気がする。それから看護婦さんに連れられ、義母とともにNICUに移動。
 
19:10
手洗い→アルコール消毒を3回繰り返し、NICUに入室。結構な数の赤ちゃんがそこにいた、みんな小さい。その一角に僕らの赤ちゃんがいた。親心からかもしれないが、よく泣いていて一番元気なんじゃないかと思った。触ったり抱いたりしても良いらしいので、遠慮なくやらせてもらった。ついでに写真も撮影、ようやくα6000の本使用…これでこそ、買ったかいがあるというものだ。
 
19:30
小児科の先生から症状などについて説明された。診断は「新生児仮死」それと「新生児呼吸障害」あと低体重だ。出産時にへその緒が巻き付いていたために仮死状態になっていたとのこと。後々調べてみると蘇生までの時間が重要だったりアプガースコアというもので重症具合を判定するとあったけど、この時点ではそんなこと知る由もなく、気も動転していたため詳細を聞きそびれた。かろうじて障害の有無について見解を聞いたけど、可能性があるけど今後の検診とかで様子見ていかないと分からないそうだ。まぁ、そうだよね…。まずはこのNICUから退院することが目標かな。頑張れ、我が子よ。
 
19:50
嫁さんのベッドに戻ってNICUのことを情報共有。ここはちょっとミスっちゃったなと思ってることがあって、頑張って出産した嫁さんに赤ちゃんの診断とか、チューブで繋がれた写真とか、ネガティブな情報をインプットしない方がよかったかなと。まずは安心して回復してもらわないとだし。明日また来るよと言って義母と共に帰路につく。
 
22:00
帰ってきてこの文章を書いている。帰るまでの間にNICUや新生児仮死について色々調べた。そこにはポジティブ・ネガティブな情報が入り混じっており、結局僕の精神を落ち着かせるには至らなかった。つまるところ今の段階で予後についてどうなるかわかるものではない。
 
この記事自体をアップするのもどうしたものかと考えたが、アップすることに決めた。これは完全に自分のためで、皆々様からの「心配するな」「安心しろよ」などと言った温かい言葉で慰めてほしいからであり、ついでに「私もそうだったけど大丈夫でした!」みたいな成功体験を沢山聞けるとポジティブになれそうだなー、と思ったから。まー、精神が弱っているときは動物らしく生きるのが一番なので、帰りに買ったハーフプライス・スシを食べて、軽くランニングしてぐっすり寝よう。僕の心配事がすべて杞憂で終わりますように。
 
続きます