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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

充実した福利厚生は社員を劣化させるのか

労働

日経を見てたら面白そうな記事が目に入ってきました。新進気鋭のIT企業でよく見られるフリーランチの効用に疑問を呈する記事です。FTの記事は毎度惹かれるものがあります。

www.nikkei.com

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各自が行うべき生活の管理を会社が行うことによって社員の幼児化が進む、という問題提起から始まり、フリーランチに社員を集める効果があるものの会社の長期的な成長に貢献しているとは言えないことを、数字と著者の経験から説いています。

少なくとも仕事をする上で、フリーランチや手厚い福利厚生は合理的な仕組みだと思えます。業務に関連しない物事を作業と割り切り会社が専門の部署や外注を使って適切に管理し、それにより社員に生まれる時間や本人のキャパを業務やスキル向上に充てる……それぞれが強みを発揮できますし、好きなこと・得意なことに集中できる環境は働いててさぞ気持ちいいだろうと思います。企業そのものだって、業務を専門化・ブロック化して、そこに特化した人たちでそれぞれのブロックを運営させるようにしてますし、ある意味フリーランチは既存の企業がやってる事の延長線なのかなと思います。年末調整やってもらうのと、料理の世話してもらうのと、いったい何が違うんでしょうか?

そうした思いがある一方で、FTの記者の主張にも同調できるところはあります。食べるものを選ぶ、着る服を選ぶ、こういったことは僕の価値観だと人として当たり前にできなければいけない事で、それ即ち生活力というものだと思います。生きていく上で雑務は無数に存在するわけですが、この雑務をアウトソーシングすることで生活力が衰えていくのでは?という懸念があるわけです。実際、普通にサラリーマンやってる僕は税金の支払いを会社の総務部門に投げ出していて、義務であるはずの納税に対してあまりに無知です。ちょっと変則的な収入に対し、確定申告が必要かどうかを調べるだけでも一悶着しました。食事やその他の生活に関わる雑務をアウトソーシングしていくと、僕達はどうなってしまうんでしょうか?流石に食料の調達の仕方に困る事態にはならないでしょうけど……。

フリーランチのような福利厚生に限らず、普通に生活する上でも今は便利なサービスが周りに溢れていて、複雑で煩わしい雑務から解放されつつあります。そうした傾向を雑務から開放される人類の進歩と取るか、それとも個々人の生活力の退化と取るか、なかなか悩みものです。