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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

いち設計者から見た日本と中国の工場の違い

年始に下町ロケットの再放送が全話ぶっ通しで放送していました。普段テレビを見ないので僕は初見でしたが、どんな逆境においても夢に向かう熱い気持ちに折れない心、そして高い技術力で危機を乗り越え最後は大団円と、池井戸潤の作品らしいサラリーマンのロマンがつまった爽快なお話でした。

日本の工場と言えば高い技術を持っていると言われています。これは主に海外というより日本国内から良く聞こえてくる気がしますが、実際の所どうなのかというと…設計というお仕事をしてきた僕には引っかかるところがあります。 いま現在、製造というとやはり中国です。賃金その他の費用が上がってきたために、メーカーが東南アジアに拠点を移すような動きは見られますが、それでもなお中国は世界の工場です。そんな中国の工場、日本と比べるとどうなんでしょう。設計者として日中どちらの工場…組立や板金プレス・金型加工に樹脂成形の工場・メーカーなどなど…と折衝し、時に立ち会ってきた経験を思い起こして、日本の技術ってどうなの?というのを考えていきます。 

職人芸はモノづくりの王道ではない

日本のモノづくり技術力と聞いた時、どんな光景を思い浮かべるでしょうか。職人と呼ばれる人が1品1品時間をかけて微調整を繰り返し…そんな感じではないですか。

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ロケットのような1品ものに使われる部品はそういう造り方で良いかもしれません。大して数が出ないようなものに時間をかけて金型から作る理由はありませんからね。しかし、世の中で大量に消費されているものは1品モノではなく量産品で、製造業としても利益の本命はそちらです。精度が求められる1品モノ部品というのは時間と労力のわりに利益が少なく、敬遠されがちなものです。日本でしかできない、というより日本だから仕事を受けてくれるといった面は少なからずあります。もちろん、熟練の職人さんがやるからこそビジネスになるコストで製造できるとも言えますが、職人芸に頼るモノづくりは王道とは言えないマニアックな領域であり、そこを技術力として過剰に持て囃す風潮は個人的にあまり好きではありません。

量産品に求められるもの

ではモノづくりの王道、量産に必要な技術とは何でしょう。

  • 安定した精度で部品を造ること
  • 安定したペースで部品を納入すること
  • 不良品をきちんと落とせること

 この3つですね。必ずしも±0.01mmを求めるような高い精度が必要ではなく、±0.1mmくらいで大量のモノを安定して(かつ安く)作る技術こそ必要なのです。

設備投資に積極的な中国の工場

安定した精度・ペース、これを実現するために必要なのは熟練の業ではなく設備です。工作機械で世界シェア1位のファナックの地域別売上高は下記のとおりとなっています。中国含むアジア地域の強さが顕著です。

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(引用元:決算発表資料等 - 投資家情報 - ファナック株式会社)

最近は過剰な製造能力を抑えるために設備投資は全般的に収まりつつありますが、それでもいかに中国が設備に投資してきたかがわかっていただけるかと思います。機械は操作方法を覚えてしまえば誰でも同じ精度で物を作れます。もちろん、新しい工作機器の方が旧式より精度やメンテ面で優れてますし、設備が多ければそれだけ沢山造ることができます。

大量の人的リソースを投入できる

今のご時世においてもモノづくりの全行程を自動化するまでには至っていません。特に設計的に無茶をしているところについては部品ごとに特別な対応、手加工だったり全数検査だったりが必要になります。機械が人間に置き換わるとはよく聞きますが、設備投資の必要なく教育すればいろいろ応用が利かせられる人間を、コストで機械が上回る日が来るのでしょうか。

話が逸れました。手加工や検査など人手が必要な場合も中国の場合は大量に人員を導入することで乗り切ることが可能です。中国人労働者の質について疑問に思う方もいるかと思いますが、人に頼らず工程で品質を担保することこそ製造の技術です。検査工程を複数に分けるとか、だれでも簡単に合否判別できる検査冶具を作るなど製造にあたっては人に頼らないシステムを作るので、真面目だとか忍耐があるといった日本の労働者の質は大きなアドバンテージには成り得ません。

日本の工場は自分たちで考えてくれる

散々中国の工場を持ち上げたような気がしますが、日本の工場が優れていることだってもちろんあります。それは自分たちで「考えてくれる」ことです。

言われたことしかやらない中国人

中国の労働者について一言で表すなら「言われたことしかやらない」です。最終製品の責任を取る立場にないという認識からでしょうか、製造上における問題についても「どうしましょうか」というスタンスでいることが多いです。酷いときには、「納入先にバレなければいいや」という場合も……。そんな相手なので、もちろん決め事はエビデンス残してしっかり管理し、完成品のチェックや製造工程の確認も設計者が念を入れておく必要があります。図面なども日本のメーカーに出すときよりも厳密にしっかりと書いてますね。これが何を意味するかというと、設計者の仕事が増えるということです。ある意味鍛えられているとも言えますが。

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図面は決め事なのでキチンと書くのが確かに正しい手順ではありますが…。

自ら改善を意識して仕事する日本人

日本の工場の場合、出来上がったもののチェックは設計者と同じくらい力を入れてみてくれますし、何等か問題が起きたときも報告と同時に対策検討の内容を教えてくれたり、そのための要望を挙げてきてくれたりします。こうした態度の根底にあるのがプライドなのか民族性なのか、そのあたりはわかりません。ただこうした点で安心して仕事を任せられる存在というのは、設計者としてありがたいものです。

人材の流動性が乏しい(誉め言葉)

中国人はすぐに辞めます。旧正月すぎたら人がごっそり減った、なんてこともありました。人はまた集めればいいんですが、ノウハウや仕事の引継ぎみたいなのがないために混乱することがあります。

その点、日本は人材の流動性が低いため過去事例の共有も行いやすいし、同じ人とやり取りをしているとコミュニケーションのコストも下がっていくので大変仕事がやりやすくなります。同じ言語で会話できるのも大きいです。日本の人材流動性の低さは古き悪し慣習として攻められることが多いですが、同時に利点でもあるんですよね。

一緒に仕事したいのは日本人だがコストと製造能力がネック

個人的に思っていることについて述べてきました。量産品を作る上で、日本の工場の職人芸的な技術は求められてはいませんが、僕個人としては日本の工場の方がパートナーとしてはやりやすいとは思ってます。しかし現実にプロジェクトを動かすにはコストと製造能力です。中国人の労働者が、工場が考えないならば設計者が代わりに考えればいいのです。どっちにせよ最終品の責任を取るのは設計元ですからね。それが設計者に求められるスキルなんでしょう。

ただやっぱり僕は設計者にかかる負担が減ってほしいなという思いもあるので日本の工場で作れれば理想だと考えています。なので日本の工場に勤める方々につきましては一品モノの精度を高めるのではなく量産製造能力と価格競争力をつけてもらえないかと祈る次第です。日本には職人芸的な技術をオープン・多能化させて成功した企業もあることですし、考えて行動できるという点でそのポテンシャルはあるんじゃないかと思います。