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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

結婚式はやはり値段相応だけど挙げるべきだろうか

TLに下記の記事が流れてきて、フムフム言いながら読みました。

yamasha.net

最初に「無謀なのでプロに依頼しましょう」と警告する所から始まり、純粋な撮影上のテクニックのお話だけでなくウェディングならではの下準備が必要なことや、刻々と変わりゆく照明の中で一発勝負をすることの厳しさなどを、「これでもか!」というくらい述べています。

結婚式は高い

結婚式は高いです。アルバムの枚数を少し増やしたり、エンディングムービーの機材レベルを上げたりすると簡単にウン十万と値段が動きます。僕も、自分の式の準備をしている時は「これは盛りすぎじゃないか」と思ったものですが、ウェディングを任せられるだけのスキルや経験に当日までの準備の工数、そしてムービーは式の進行と並行しての動画編集という荒業をやっていると考えるとこの値段もやむ無しかと思います。

もちろん写真やムービー以外のものについても手間暇や経験料が多分に効いています。料理のクオリティは言うまでもなく、会場の装飾や衣装もその道のプロが何人も関わり、結婚する2人の要望を吸い上げてオーダーメイドで演出してくれます。これで高くないなんてことは無いですよね。

結婚式の費用があれば捗るだろう

挙式・披露宴は値段相応の価値はありますが、イコール結婚式を挙げるか、と言われると難しいところです。

僕の周りの既婚者は大体式と披露宴を挙げてますが、中には入籍だけ済ませたという人もいます。理由としてはやっぱり「お金がもったいないから」。式にお金を費やすより日々の生活の質をあげたいとのことでした。

「結婚式より生活に」という意見、確かにわかります。僕の中にもそういった考えはありました。結婚式の時に作ったアルバムは一度しか見ていないし、エンディングムービーの再生回数は両手の指で数えられる程度です。そういった所に費やした費用を家具や部屋代に使ったり、もしくは新婚旅行に割り振ったりしていた方が総合的な幸福度というのは案外高くなるかもなぁ、という思いはあります。

式は2人のためにある

ウダウダ言いましたが、それでも僕は式を挙げました。嫁さんのため?それもあるけれど、自分のためでもあります。

結婚するというのは人生のいくらかをパートナーや、生まれてくる子供に割り振るということです。結婚というのはある種、個としての自分にサヨナラすることなのかも知れません。だからこそ個として享受できる最大の幸福を最後のワガママに叶えたい、という思いが僕の中には確かにありました。

結婚式は前述したようにたくさんのプロが自分たちのためだけにその能力を発揮してくれます。遠方にいる親戚や友人が、ありがたい事に、自分たちのためだけに来てくれます。アカギがこの世で最も美味しいものは人の心だと言っていましたが、結婚式はそれを最大限いただけるイベントでしょう。

物事にはタイミングがあり、式はやはり入籍してしばらくの間がそのタイミングです。タイミングを逸してしまったコトというのはどんなに望もうとお金を積もうと取り戻せるものではありません。

終わりに

なんか最初の話題から飛躍しちゃいましたね。書いているうちに思うところが色々湧いてきました。今でも頭の中で上手くまとまってません。ただ、お金をかけるかどうかは別として、式自体は挙げて記念となるような写真はあった方がいいんじゃないかと思ってます。何かのタイミングでそうした思い出に立ち返りたくなるかも知れませんしね。

こんなことを書いてたら、久々にアルバムを開け、ムービーを見直してみたい気になってきました。今週の休みに時間があればやってみようかな?