読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

歳とともに旅行に対するスタンスが変化している

日記

先輩と世間話をしていて今週末の予定の話題になった。僕自身は1日休出でほか2日はムスコの世話に終わる予定というごくごく普通の何でもない休日が約束されているが、先輩は旅行に行くそうだ。行き先は西か北、天気しだいで行く場所を変える1人旅、なんとも心躍るフレーズじゃないか。

 僕の独身時代の後悔はというとあまり旅行に行かなかったことだ。大学くらいまではまったく旅行に興味がなく、大学院に入ったあたりから少し旅行が好きになり、社会人になってからは遠出に対してかなりポジティブな考えを持つようになっていた。旅行に対するこの考え方の変化はたぶん僕自身の経験値と自由度が大きく関わっているように思う。

 
高校卒業までコンビニも無ければ信号機すら存在しない最寄り駅までひと山超える必要がある自称大都会の田舎で暮らしていた僕は、大学入学を機に大阪という本当の都会で一人暮らしをすることになった。世間というものを何も知らなかった僕だが、大学に入ってから目にするもの体験することすべてが新鮮だった。高校とは比較にならない難易度の講義はある程度自分の自由で科目を選択できるし、大阪は梅田に出れば街はいつも違う顔を見せ新たな発見があり、初めてのバイト先であるチケットショップでは社会の闇を垣間見ることが出来た。このころは日常が非日常的で、わざわざ旅行しなくてもオールタイム学びの連続だった。
 
しかし大学院に進むころにはさすがにそのような日々にもなれていった。梅田は迷うこと無く踏破できるようになっていたし、『6-9時 バイト、10-20 研究、 20-23時 バイト』という狂った日々は僕から労働の喜びと研究の奥深さを奪っていった。バイト後の麻雀と休みの日のCivを楽しみに僕は日々の生活を回していたわけだけど、研究室の恒例行事である旅行で日常から解放される感覚を初めて味わった。普段とは違う場所、違う時間感覚、旅先でも水族館のアクリルガラスなどに興味を示す教授陣は相変わらずだったけど普段の凝り固まった研究生活から離れ今を存分に楽しむという得難い空間に、「旅行っていいもんだな」と思わずにいられなかった。院生時代はお金と時間が無かったのでこれ以外の旅行というと友人達との国内外の卒業旅行くらいしか思い出にはないが、気楽な関係で行く気楽な旅行の記憶は生涯の宝だ。
 
そして社会人になり長時間残業で時間拘束は過去最大級、それに比例して使えるお金も過去最大級となった僕は会社から逃げるように遠出することが増えた。クロスバイクを買って江ノ島とか奥多摩目指して走ったり(着いたとは言っていない)、1人で富士山に登ってみたりみんなで富士山に登ってみたり、スノボに初挑戦してみたり極めつけは1人で台湾に旅行したりなどもした。昔からすると考えられない変わりようだが、これには日常に対する飽きと会社からの逃避があったのかなと思う。まだまだ僕は社会的には青い方だし新入社員のころとかはなおさらだけど、自分の肌感とネットの知識にふれて社会というものに巻かれて行くうちに「あー、こんなものなのかな」と達観した想いを抱くことがあった。これはあくまで自分の感情ではあるけど、最近流行のフリーランス宣言をする人達もある種同じような考えを抱いて、それに抵抗するためにレールから外れるような道を選んじゃうのかなーと思う。ただ僕の場合は自分の積み上げてきたものに重みを感じていたし、なによりフリーランスとか外資とかでガンガン自分で道を切り開き日々を全力で働き抜くような生活は嫌だったので普通に社会人を続けていた。だけど時には日常から離れたい、その想いが爆発するときに旅行という手段が時折とられるようになった。日本にも世界にもまだ僕が行ったことが無い場所ばかりで、まだまだこの世は広くて僕の知ってること体験したことなんてちっぽけなもんなんだよと感じたかったのかもしれない。この爆発は不定期だったので、社会人の僕は1人旅となることがしばしばあった。
 
話が長くなったが、結婚してムスコが生まれた今でも旅行に行きたい、できれば1人で気楽に行きたいと思うことはよくある。冒頭の先輩には「自由は良いぞ」とアミバスマイルで言われたが、残念ながらさすがに生後数ヶ月のムスコと嫁さんを置いて1人で旅行は無いだろう。僕の気持ちが爆発しそうなときは、ムスコに精一杯ちょっかいをだしたりしては嫁さんに怒られる日々を送っている。旅行に行きたい、その願いはしばらく叶わないだろうし、ムスコが大きくなって行くであろう家族旅行はたぶん僕が今憧れている旅行とは別のものになるだろう。ただ、ムスコの見識を広げる旅行というのは、それはそれで面白そうだ。なんてことをノースリーブ腋見せスタイルで寝ているムスコを見ながら考えていた。