WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

労働組合が信じられません

僕は転職者、今の僕は組合に属していないが前職ではキッチリ組合員だった。というのも新卒で入社した時に「入るのが当然だ」とばかりに用紙を配られ自然な流れで署名してしまったので仕方が無い。労働組合は労働者を護るために存在するもので、会社を相手にすることになった時に独りぼっちのじゃ寂しいだろう?

その時から月々のお賃金から組合費用が引かれる生活が始まった。決して高くはない、しかし低くもない、ボディーブローのような徴収額を僕はひたすら払い続けていた。そこに疑問の余地はなかった。

しかしある日、子会社には組合が存在せず、そこで働く人たちは労働組合に属してないことを知った。おかしい、同じ給与体系に労働環境、昇進条件なのに何故か僕らだけ組合員費用の負担がある。この時に少し疑念が生まれた。「組合に所属する必要性無いんじゃない?」だが、いざと言う時がくれば組合員の利点が生きるんだと自分に言い聞かせた。

時は流れアベノミクスで世間の景気が浮かれ始めた。紙面にはベアだベアだと景気のいい文字が踊り、僕が所属する組合も春闘の決起会だかで組合員に呼び出しをかけた。それまで春闘と言えば人事と組合幹部のプロレスのようなものだと思っていた僕もこの時ばかりは湧いた。

集会には多くの組合員が駆けつけ、その視線の先には組合の偉そうな感じの人が景気のいいことを話していた。そのありがたいお話は残念ながら総スルーしてしまったが、何もせずに賃上げの蜜だけ吸うのも悪い気がしたので〆の掛け声だけは合わせた。「ガンバルゾー」景気よく叫ぶ組合の偉い人、「ガンバルゾー」合わせて叫ぶ組合員の僕ら。好景気・賃上げ、生まれてから不景気しか経験していない僕はこれがバブルのノリかと圧倒された。高まる熱気とテンション…楽しかったあの日々。それらはベアの確定額の通知により儚くも崩れ去った、詳しい額はいえないが、ベアを受けて僕のおやつがチロルチョコから黒い雷神に変わっただけに終わったと述べておこう。おめでとう、僕の疑念は芽から樹へと進化した。

組合はいつも金を取っていくだけと僕は呟いて信じることをやめて生きていくようになった。こうなると組合の活動すべてが不要に感じるようになった。特定の議員を推してくる宣伝活動や、より昇給しにくい人事制度の取り交わしを伝える速報、一部組合員による温泉地への研修旅行などなど。僕のお金がそんな事に使われているのかと憤りすら感じたものだ。

労働組合の成り立ちには多くの血と汗が流れたのだろう。だけど設立時の崇高な理念は今も本当に生きているのだろうか。僕が知らないだけで多くの組合はきちんと会社と交渉しているのかもしれないけど、僕が所属していたとこはどうしても会社と惰性的な関係を続けているように見えた。切られる時は容赦なく人切ってたし。

そんなこともあり転職を機に組合に所属しないノーガード戦法をとってみている。組合ではなく会社を信じることで源泉を徴収される前の本当の給料を手にしている。有事に困った事になるかもしれないがそれはその時ということで。