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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

開発は冷遇されている

労働 労働-ブラック

もう一年以上前の話だろうか。僕の同期は就業時間中に表題のメッセージを僕に寄越し、その数カ月後に会社を後にした。

 
どの部署が力を持っているかは会社によりけりだけど、労働時間やお賃金面で見てみると日本において技術職はどちらかというと軽視されている印象を受ける。これは特に実務以外の人が多い大企業においてその傾向があるのかと思う。技術職は社内政治に疎い人が多く、また何らかの障害が発生した時には原因の発生源として鋭く責められるからだ。

 

なにいきなり自虐してんの?というと、下記の三菱自動車に関する記事を見て開発の中の人を不憫に思ったからだ。
 
 
記事の内容、僕にはこう書いてあるように見えた。「専門職である開発には三菱グループとの人事交流が及ばず、社長その他の努力も虚しくかつてのリコール事件の風土残る開発部門がまたやらかしてしまった」
 
確かに燃費不正は開発が行ったのかもしれないが、そもそも開発だけが重要な評価の内容を把握しているという状況がそもそもおかしいのだ。品質を保証する部署は他にないのか?出荷の判定は開発部隊のみで行われる訳では無いだろう、製造拠点も絡んでくるはずだ。全て開発部隊の言う通り、などというスタンスならば、そんな部署は必要ない。
 
記事内に昨年秋、SUVの開発遅延により開発担当の部長2人が諭旨退職した件について触れてあった。これを指して開発の闇としていたが、経営に影響は大きいものの不祥事などではない件に対して部長クラスの首が容易に飛ばされる…この開発への厳しいスタンスこそが闇じゃないのか?スペック未達に対する処罰が厳しいものであればあるほど報告への障害になっていく、これを乗り越える手段が開発部隊の良心に頼っている状況というのは仕組みとしておかしいだろう。
 
僕が開発を擁護するのは僕自身が開発をやっている人間であり、また評価の大半を品証の代わりにやっており、障害発生する度に責められてきた過去があるからだ。開発に不備があって障害はおきるんだし、三菱自動車の件は開発に重責があるのも理解はしている。だけど会社として出荷を認めた製品についてさもイチ部門のみが元凶かのように扱われているのは納得出来ない。
 
製品の作り手は誰なのか?それは開発だろうと僕は思う。だけど世間で「私が作りました」とドヤ顔ろくろ回しで語るのは大体が非開発部門…企画畑の人々だ。これは個人的な経験ですまないが、企画畑の人でまともに試作から製品になるまでを見る人はいなかった。そんなスタンスで製品の何が分かるのか。彼らは障害時に姿を現すことは無い。自分が作ったんじゃないの?
 
個人的な恨み節でしめる形になってしまったが、僕はどのような経緯であれ会社として出した製品に対し、イチ部門のみに責任があるというスタンスをとるのはフェアじゃないと思っている。内部だけならそういった雰囲気になるのも分かるけど、新聞など外部で話題にされるのはダメだ。会社としてそういうモラルを持つようになってくれればいいんだけど、海外でも社内政治はよくあることらしいので、悪者探しってのは無くならないんだろうね。僕らも社内政治で負けないように、戦うためのコミュニケーションスキルを磨いていかないといけないのかもしれない。全然興味無いスキルなんだけどなぁ…