WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

衰えたな…僕…使われなくなった能力の行く末

人間が衰えを感じるのはいつだろう。齢20を超えたときか?それとも30か?ガッツリしたものが食べられなくなった時か?少し走ると息が切れるようになった時か…僕は、かつてできていたことが出来なくなったときだなと思っている。

僕はもう30代だけど単純な運動能力なら高校の時より高い自信がある。これはスポーツセンターに行ったり、ジョギングしたりとか、何かしら体を動かすことを続けているからだ。確かに体の回復は遅くなったけど、運動を継続してさえいれば30代というのはまだまだ余裕で動ける部類だ。

頭の方はどうだ?これもまだまだ正常だ。そうじゃなければ仕事にならない。仕事の関係もあるけれど数字にはそこそこ強いし、勉強すれば新しい知識はどんどん入ってくる。英語もTOEICの点数を見る限りではまだイケる方だろう。実践する機会は皆無だけど。

昔は30代といえば圧倒的に大人のイメージだった。このイメージは大学生くらいまで持ち続けていた。しかし就職して社会に出てみると30代といっても30前半はまだまだ若い感じで、僕も実際なってみて「まだまだいけるやん!」という感想を持った。まだ衰えを感じるには早いんじゃないかとね。

しかし本日、僕は圧倒的な衰えを感じた。それは20代だった時に僕が平然とやっていたことが出来なかったからだ。それはそれは恐ろしいことなんだ。

人は誰しもはじめは出来ない。しかし続けていくうちに知識経験などいろいろな要素が蓄積していき、少しずつ出来ることが増えていく。これぞ成長、圧倒的成長…この期間は本当に楽しいが、いつかはその成長もサチる。そしていつか、やらなくなる。やらなくなったものはもちろん衰えるんだけど、20代のうちはその落ち込みは大したことなかったように思う。少しやってみれば勘所を思い出し、以前と同水準まで戻すことが出来た。

しかし30代となった今の僕はそれが出来なくなっていた。今まで積み上げてきたものはいったい…押し寄せる喪失感、無力感、もう…生きて…俺の…塵。老いとは日常続けていることから認識するのではなく、たまな気まぐれの行動から悟ってしまうものなのだ。


現在時刻は22時過ぎ、かつての僕の第2定時もこのくらいだった。それを超えて残業することを、かつての僕は苦もなくこなしていた。しかし、いま退勤している僕は「あー今日も残業キツかったね」などという考えが頭によぎっている。仕事をしていた21時過ぎの時点で「帰りてぇなー帰りましょうよ」などと考えていた。

僕は残業ができない体になってしまった。かつて100時間くらいまで働けていた僕はもういない。だが悲しむことは無い。老いは等しく訪れるものだ。取り戻せない昔を懐かしむよりも、今の自分を、その気持ちを大切にしていきたい。