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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

キラキラしていない僕の転職理由

僕も転職記事かきたい

新年度になって切りがいいからか転職やフリーランス転向などの記事をよく見かける。内容は希望に満ち溢れている、夢、挑戦、やりがい…オブラートの中に苦々しい本音があるのか、はたまたフワッとした理由が積み重なってクロワッサンになってるのかは分からないが、キラキラしていて羨ましい。かくいう僕も転職経験者、会社名は伏せるしタイムラグはあるけど、僕だって転職記事を書いてもいいだろう。

 

転職理由

僕の転職理由は主に待遇(お金)への不満、スキルアップへの不安、労働条件への疑問、そして人間関係の悩みという4つだ。本当に悔しいが、僕には人に語れるキラキラした夢がないのかもしれない。年をとったからなのか、元々の性根の問題なのか。小学生時代の夢はサラリーマンになり、きちんと家族を食べさせていくこと…そんな僕のことだから、多分性根の問題なんだろう。これだけだと僕の親が誤解されそうなので弁明しておくが、僕の父は子供3人を国立大学まで送り込んだ良き父であり、立派な人物だ。僕の夢が輝いていないのは失われた10年時代に銀行員の父がネガティブな話ばかりしてたから…やっぱり僕の性根は父のせいか。

待遇(お金)への不満

僕の給料は同世代の平均・中央値と比べると悪く見ても少し上に位置していた。ただしその給料は仮初のもの、残業代でかさましたお賃金は確かに高かったが僕のベース給は数年たってもそれほど変わっていなかった。これが僕個人の能力の問題ならまだ我慢できたかもしれない。僕は面談の度に自分の至らぬ点を聞き、改善にいそしんだ。元気がないと言われれば皆が始業に向けて寝てる時でもオハヨウのアイサツをし、PJ外への露出が少ないと言われれば会議にも足しげく通い、特許が少ないと言われれば特許部に殴り込みをかけて出願をした。しかし最終的に先輩から言い渡された単語、年功序列。僕の成果はボーナス面で評価されることはあったが、ベースの給料は、職責は上から順番に上がることが文化となっていた。そしてその歩みは遅かった。メイン設計をやってる先輩も言われた評価をこなすだけの後輩も階級は同じだった。歪みを感じざるを得ない。
ちなみにこの文化は会社全体ではなく部門の問題で、同じ装置の開発をしてても設計以外の部門の同期は着々とベース給を上げていっていた。もちろん僕が外部から引き抜きされるくらい目覚ましく活躍していたら会社の人事制度は僕を昇進させていたはずなので、僕の能力不足という面も大いにある。だけどしょうがないじゃん、既存の文化と戦うよりも自分ひとり違う環境に移る方が楽だし、誰も傷つかないんだから。

スキルアップへの不安

成長!成長!成長!皆が求めてやまない、デキる社会人。僕はそんなにキラキラしたものには憧れないが現代社会に生きるものとしてスキルアップは宿命だ。
 
僕は機構設計者、確かに前職では多くのことを学んだ。CADの使い方から製造・設計のノウハウ、図面の書き方、モノの見方。研修や実習に多くの工数と時間を割いていただいたのは事実だし、もちろん感謝している。ただし実践という面で不安があった。
 
僕は愚者、愚者は経験から学ぶ。実践こそが僕にとっては一番の学びの場であった。自分で設計し、モノを評価し、組み立てて確認し…その経験が僕の血となり肉となった。しかしビジネスの厳しさが増すにつれて会社の利益がキツくなっていき、その余波は開発費の削減という形で僕たちに帰ってきた。掲げられるコストダウン目標、失敗を許さぬ金型変更予算、削られる出張費用、気が付けば設計に不慣れな若手は設計に携われず、僕の世代もメイン設計に移れなくなっていた。そして何よりも痛かったのが出張費用の削減だ。設計は製造現場を知っていなければならない、部品はデータ通りにできるのではなく作った通りにできるのだ。その製造に自分の意志が入っているのか、どうすれば自分の意図した設計に近づけるのか、そういったことを製造現場で学ばなければならないのではないか。しかし出張の人数が絞られることで必然的に経験不足の者は出張から除外されるようになる。
 
いつか僕が年を経て、1人で出張にいくことになったとき。この経験不足の状態で急にそんな役目を1人でこなせるのか?焦る気持ち、募る不安。本心を言うと、僕はスキルアップなんてしたくない。刺身の上にタンポポを乗せるお仕事で食べていけるなら、そういう人生でもいいかなと思う。しかし今は競争社会、イヤでもスキルを鍛えなければ食べることが出来なくなってしまう。だが無い袖は振れない、経験のために余分な人員を出張させる余裕は、その部門からは無くなっていた。

労働条件への疑問

僕の平均有給取得日数は5日くらいだった。会社平均はこの倍以上あったので、これも部門特有だろう。これに関しては前二項と比べると対してウェートを持たないが、やはり権利であるからには僕も使いたかった。特に周囲部署には平日休んで休日に出勤…有給を現金に換えるお金の錬金術師がいて、僕も消えていく有給をお金に変えたいとツイートしたものだ。
 
残業時間も多かった。残業代は出たし、世の中にはもっとハードに働いている人もいるのは認識しているので、満額出ていた僕は恵まれていたかもしれない。僕は自給を上げて稼ぎたかった。時間は有限であり、仕事以外にもやりたいことは沢山あった。しかし一向に減らない残業…これはスキルの問題もあるが、社内手続きに取られる時間が多かった。これについては後述する。

人間関係の悩み

最後に所属していたプロジェクト、あれは最高だった。尊敬できる上司、頼れるリーダー、知識豊富なベテラン、面倒を引き受けてくれる後輩…今の会社でもあのチームを超える開発体制は中々揃わないと断言できるほどだ。だからこそ、そのあとが怖かった。終わらない開発はない、チームもいつかは解散する。そのあとはどうなる?
 
周りを見渡してみると、マネージメントの位にいる方々は僕の苦手なタイプが多かった。僕のいた部署は技術者上がりの人が多く、その人達はいわゆるプレイングマネージャとなっていた。機械系の技術は積み上げ式の面が強く、多少の勉強は積み上げてきた経験の前には無力に等しかった。技術者は、特に出世するタイプの人は我が強い、そういう人達に設計をズバズバ切られるのだから、下としてはキツイの一言。下である担当者は上司に対抗するために物証を集め理論武装をし、ボス前セーブポイントかと思うほど厳重な準備をする。こうしたものの犠牲となるのが時間、上述の社内手続き…主にマネージャ承認を貰うために多くの工数が費やされる。それは過去に僕が経験していたことであり、またのちに経験することになる未来でもあった。そんなのはイヤだ。

転職した結果

以上のことがミックスした結果、僕は転職という手段で解決を試みた。会社の別部門に移るという手段もあったが、社内に設計の募集が無かった。自分で望んだ転職ではあったけど、辞める前も新天地に入社した後もかなりのエネルギーと時間を消費した。この辺りを考えると、転職ではなく別部門に移るという選択肢も十分に有りだなと思う。
 
僕の転職のモチベーションとなった4つの事柄について、今の会社で完全に満足できているかというと必ずしもそうではない。何事にもメリットとデメリットがある。ただ、今の僕は満足している。あくまで満足…成功ではない。成功したかどうかなんて後にならないと分からない。いや、IFの未来は見えないから後になってもわからないかもしれない。
 
人生は選択の連続、留まるも移るも選択だ。今でも僕は自分の選択について良かったかどうかを考えることがあるけれど、最終的にたどり着くところは「やってしまったものはしょうがない」。僕は選択した、もう戻れない、ならば自分の選択を信じて頑張るしかない。なかなかの長文になったな。ここまで読んでくれた人はありがとう。僕は疲れたし、さて、そろそろ寝るか。明日も一日がんばるぞい!