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WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

人の労働を笑うな

最近、社畜という単語をよく目にする。ブラック企業ネタ、自虐ネタ、レッテル貼り、性的アッピールに長けた社畜ちゃんというキャラクター…世はまさに社畜時代じゃないか。

 

愛社精神あふれる僕は今日も会社に貢献するべく誠心誠意働いている。僕は日本の平均サラリマンよりは働いてきた方だと思うが、自分を社畜だと本気で思ったことは一度もない。しかし世間一般では残業や休出などをしていると社畜社畜と大げさに騒ぐ人もいる。自称するならともかく、他称されるのはあまり気分のいいものではない。

 

僕は機械設計者、開発職をやっているとどうしても時間が足りない時がある。出図間近で限界ギリギリまで設計を追い込みたい時、試作が出来上がり評価に盛り上がっている時、量産間近で問題が残っている時。こういう時にはやはり残業や休出の出番。プライベートに大切な予定がある時はあらかじめ断っておくけど、残業・休出が必要という自体は喫緊の問題であることが多いので多少の用事は涙を飲むことにしている。ちょっと残念な気分にはなるが、休日出勤当日には気分は入れ替わり仕事モードになる。

 

これはなぜかというと製品の質を確保し予定通りの出荷を行うため、さらに深堀していくとそれはユーザーのためであり、そのさらに奥には、胸を張って「これは俺が作ったんだ」といいたいがため。開発者なら誰でも思うことなんじゃないだろうか、自分の関わった製品で1発世間にぶちかましてやりたいと。競合他社のシェアを分捕ってやりたいと。僕はね、すごく思う。ツメ形状をつける時は競合A社を切り裂く意志で作り、位置決め穴をあけるときは競合B社に寡占されたシェアに風穴をあけるつもりであける。それは流石に変態すぎるが、自分の仕事をいい形で世に残したいし、少しばかり社会で話題になればという思いはいつも抱いている。そのためならば、少しの苦労くらいやってやろうじゃん。

 

愛社精神の根底も自分のためだ。僕にはコネがない。金もコミュニケーション能力も、決断力も度胸も、専門である機構設計だって一人前と声高には言えない。会社はそんな僕に挑戦する機会を与えてくれるし、成長する機会も与えてくれる。足りない部分は、そこが得意な人をアサインしてくれる。皆で補い合い、得意分野を押し出せるからこそ世に出せるレベルの製品やサービスが生まれる。そういう意味で、僕は会社を利用しているといえる。そして僕が会社を利用している時、会社もまた僕を使用しているのだ。こういうのを世間的にはウィンウィンというのだろう。

 

確かにこの日本には社畜と呼ばれる人間がいるのかもしれない。自分の意志をなくし、周りに流されるままに働き、会社を忌避しつつも離れられない、、、それが僕の中の社畜像だ。僕は決してそんな存在でもない。共に働いてきた尊敬すべき同僚・上司たちもそうだ。ロマンは企業家や経営者だけにあるのではない。サラリーマンにもロマン、夢があるのだ。だからこそ頑張るサラリーマンもいる。そんな、歯を食いしばりながらも懸命に働く労働者を笑うようなことはやってくれるなよと、僕は思う。