WICの中から

機構設計者が株式投資や育児に奮闘するblog

ケータイにカバーはいらない

僕はケータイにカバーをしない。カバーなんて大嫌いだ。「傷ついたステンレスは美しい」などというつもりはない。カバーをつけないのはアップルおじさんの影響からではなく、僕が設計者だからだ。モノを作る人間ならではのポリシーというわけだ。

許せない、外形と重量の増加

設計は寸法と重量との戦いである。企画と偉い人が考えた最強の仕様は神様だ。神は絶対、いや仕様よりいいものは作っていいけど、下回ることは許されない。仕様はかならず過去を上回るスペックになる。世界最薄、最軽量…その肩書にどれほどの力があるかは分からないが、これらのフレーズは確実に営業トークをサポートしてくれる。年々厳しくなる要求を超えるために、設計者は捻り出すように0.1mmを捻出し、命を削るように0.1gを削るのだ。時には神様に到達することが出来ずに、関係部署各所に土下座周りを経た後に吊るし上げをくらうこともあるだろう。それほど、仕様寸法と重量は設計者にとって重要なものだ。それを、あの分厚いカバーで覆うだなんて、何gもする重量物をくっつけるだなんて。そんな光景を設計した人が見たら頭がおかしくなって心が死んでしまう。僕は見たくない。

なめるな、外観は傷つかない

タッチパネルは簡単に割れない。塗装は容易く剥がれない。そのように作ってあるものだ。タッチパネルに使っているガラスは、対指紋コーティングや対傷つき性を考慮した硬度を誇っており、フィルムなしで十分に使用に耐えるように作られている。はずだ。コストダウンでケチられていなければ。塗装についても、摩耗、傷、耐薬品など様々な試験をくぐり抜けたものだろう。塗装の役目は見た目だけではない。保護も兼ねている。だから傷を恐れてカバーをつけるなんてことを僕はしない。僕は開発者の皆さんを信じている。時折タッチパネルが割れてるiphoneを見たりするが、所有者の皆様の信仰心の欠如だろう。信じるものはすぐ…やめておこう。

放熱せよ

ケータイの主流は今やスマートフォンだ。スマホという略称は間抜けな感じがするが、ゲームからブラウジング、カメラなどをオールインワンで実現するソレは高い演算能力を有するCPUやGPUに支えられている。しかし高い演算能力は多くのエネルギーを使い、その損失は熱というエネルギーの墓場行きになる。ケータイにはファンはない、その冷却思想は「熱を全面に広げて沢山の面から放熱する」だ。最終的にケースから外気へ熱交換をしてやることが重要だ。しかしカバーはそれを阻む。外装ケースをさらに一段階覆うことで、確実に冷却性能は落ちる。内部温度の上昇はチップ寿命に悪影響を及ぼす、チップよりも熱に弱いバッテリーにはなおさらだ。中にはバッテリーが一定以上の温度になると寿命保護のために充電しない(充電速度を落とす)ようにする処置が施してあるものもあるので、充電が遅いと思ったらカバーをとって冷やしてみるといい。とにかく、設計者本来の冷却設計をダメにするカバーは大嫌いだ。例外として、昔販売された高度な演算処理を持つホッカイロにファン付きのカバーが作られたことがあったが、あーいうのはいいと思う。

以上、設計者から見たカバーに対する感想でした

僕はケータイ設計をやっているわけではない。ただ、設計に携わるものとして上記3点はやはり言っておきたかった。あとね、カバーは高い。原価厨みたいだが、樹脂ものを設計する自分にとって、シンプルな樹脂ものにお札を出すのがいやだ。そう、最終的には僕がケチだからカバーを使わないのだ。上記の3つの理由はそれっぽく言ってるだけだ。そしてケチだから、高価な精密機器たるケータイを大切に使っている。人によってはガンガン落としたりするらしいので、そういう人は遠慮せずにカバーも端末も沢山買い換えて日本経済に貢献していってほしい。デザイン目的で買っている人も、僕の勝手なポリシーなど気にせずに気に入ったものをガンガン買えばいい。デザインは偉大である。「iphoneが売れたのはデザインが素晴らしいから」単色のシリコンケースに入れたiphoneを手に取りながら、僕にそう説いた人がいた。デザインは自由、人の好みも自由だ。